現実の児童虐待や肉体的な痛みに対しては論外だが、では「精神的な痛み」はどうか。この点に関しては、だいぶ意見が分かれてくる。
これもまた、良し悪しを置いて前提として双方が自覚せねばならないことだが、そもそも表現というのは、どんなものであれ(過激な性表現でなくとも)常にある第三者には痛みを与えてしまうものである。
例えば身内がバナナの皮で滑って頭を打ってなくなった人には、バナナをネタにしたコントやギャグは苦痛のはずだ。そういうリスクが皆無な安全な表現というのはありえない。
— 児ポ法改正案についての諦念:日経ビジネスオンライン (via otsune)
男が女に言う「彼氏いそうなのに」は「じゃあおれが付き合ってやるよ」という意味ですが、女が男に言う「彼女いそうなのに」は「だから私には関わらないで下さい」の意味です。
— Twitter / @bububu10 (via igi)
「TUMBLR」と書くような人たちに認知されたとき、再び主戦場は変わる
— Twitter / NAKANO Hajime (via enneinn, cxx) (via flatmountain) (via shinoddddd) (via reretlet) (via yellowblog)
小学校の頃愛用していたジャポニカ学習帳の最後のページにこんな話が載っていました。
ミケランジェロがダビデの像を彫って王様に見せました。王様には自分の趣味のよさを自慢する癖がありました。そこで
「ミケランジェロ君、大変良い出来だが、ダビデの鼻が少々高すぎはしないかね」
と言いました。
ミケランジェロはハシゴに登り、ダビデ像の鼻の近くで彫刻刀を鳴らし、手のひらに握っていた削りくずをパラパラと落としました。
「いかがでしょう王様」
「うむ、これでよくなった。まるで生きているようだ」
ミケランジェロは微笑みながらハシゴを降りました。
私の記憶なので文章は正確ではありませんが、おおむねこんな内容です。読んだ時は
「お馬鹿な王様ねー」
くらいでしたが、ここには社会を生き抜く重要な教訓が含まれています。さすがジャポニカ学習帳です。
この王様のような上司はたくさんいます。小学校でこれほど重要な教訓を教わっていながら、王様との戦いに役立てていませんでした。
王様は何かひとつ必ず「指導」しようとします。王様が私の仕事をよく知らない時起こります。人事異動で上司が入れ替わると仕事内容については私の方が詳しいのに、教えている最中に
「こうした方がいいよ」
とか何とか、どうでもいい一言がつきます。私はルールを臨機応変に変えられないので、ルールを変えるなら変えるように、臨まなければなりません。
「今まではこうしていたんですけど今度からこのようにするということでしょうか」
「このケースではどうでしょう」
「前にこんなことがあったんですけど」
感じ悪いですね。向こうはその場の思いつきで言っているだけなのに、言われた以上そうしなければならないと思いこみます。しかしこの
「こうした方がいいよ」
は後であっさり変わります。それはそうでしょう。その場で思いついただけですから。
ミケランジェロがダビデの像を彫って王様に見せました。王様には自分の趣味のよさを自慢する癖がありました。そこで
「ミケランジェロ君、大変良い出来だが、ダビデの鼻が少々高すぎはしないかね」
と言いました。
ミケランジェロはハシゴに登り、ダビデ像の鼻の近くで彫刻刀を鳴らし、手のひらに握っていた削りくずをパラパラと落としました。
「いかがでしょう王様」
「うむ、これでよくなった。まるで生きているようだ」
ミケランジェロは微笑みながらハシゴを降りました。
「ミケランジェロ君、大変良い出来だが、ダビデの鼻が少々高すぎはしないかね」
と言いました。
ミケランジェロはハシゴに登り、ダビデ像の鼻の近くで彫刻刀を鳴らし、手のひらに握っていた削りくずをパラパラと落としました。
「いかがでしょう王様」
「うむ、これでよくなった。まるで生きているようだ」
ミケランジェロは微笑みながらハシゴを降りました。
「お馬鹿な王様ねー」
くらいでしたが、ここには社会を生き抜く重要な教訓が含まれています。さすがジャポニカ学習帳です。
この王様のような上司はたくさんいます。小学校でこれほど重要な教訓を教わっていながら、王様との戦いに役立てていませんでした。
「こうした方がいいよ」
とか何とか、どうでもいい一言がつきます。私はルールを臨機応変に変えられないので、ルールを変えるなら変えるように、臨まなければなりません。
「今まではこうしていたんですけど今度からこのようにするということでしょうか」
「このケースではどうでしょう」
「前にこんなことがあったんですけど」
感じ悪いですね。向こうはその場の思いつきで言っているだけなのに、言われた以上そうしなければならないと思いこみます。しかしこの
「こうした方がいいよ」
は後であっさり変わります。それはそうでしょう。その場で思いついただけですから。
働き盛りの人が、年配でわかっていない上司に「ご説明」して、「ご判断いただく」ために、膨大な労力を割いているのを見ると、心が痛む。一番わかっている人が決断する組織にならないものか。
— Twitter / kentakeuchi2003 (via yellowblog)
お母さん、私は後時間で祖国のために散っていきます。
胸は日本晴れ。本当ですよお母さん。少しも怖くない。
しかしね、時間があったので考えてみましたら、少し寂しくなってきました。
それは、今日私が戦死した通知が届く。お父さんは男だからわかっていただけると思います。
が、お母さん。お母さんは女だから、優しいから、涙が出るのでありませんか。
弟や妹たちも兄ちゃんが死んだといって寂しく思うでしょうね。
お母さん。
こんなことを考えてみましたら、私も人の子。やはり寂しい。
しかしお母さん。
考えて見てください。今日私が特攻隊で行かなければどうなると思いますか。
戦争はこの日本本土まで迫って、この世の中で一番好きだった母さんが死なれるから
私が行くのですよ。
母さん。
今日私が特攻隊で行かなければ、年をとられたお父さんまで、銃をとるようになりますよ。
だからね。お母さん。
今日私が戦死したからといってどうか涙だけは耐えてくださいね。
でもやっぱりだめだろうな。お母さんは優しい人だったから。
お母さん、私はどんな敵だって怖くはありません。私が一番怖いのは、母さんの涙です。
8歳の回天特攻隊員の遺書
— 続・妄想的日常 - 私が一番怖いのは (via twinleaves)


